8. 藤戸合戦

下津井のある倉敷市最南部はむかし児島という島でした。源平の争いはこの島の周囲で争われます。

藤戸合戦は下津井の反対側の海で行われた一般にもよく知られた戦いです。
合戦は一ノ谷での源氏大勝の後の1184年12月、源氏が平氏を西へ追撃する中で起こります。

児島側に布陣した平家に対し、海峡を挟み本土側から戦いを挑もうとするも源氏には船がありません。
その距離約500m。

そこで源氏の武将の佐々木盛綱は、あらかじめ地元の若者に聞いた浅瀬をつなぐコースを馬でたどり対岸に上陸、同じ道を追って源氏方が殺到して、平氏側は退散しました。

きっと源氏方の武勇を伝えるエピソードとして語られたことでしょう。

佐々木盛綱は浅瀬のコースをコースを教えた若者を口封じのため殺してしまいます。
その男の恨みを題材に作られたのが謡曲「藤戸」で、こんにち能の舞台でポピュラーな演目になっています。

倉敷市のPR動画にも藤戸合戦が取り上げられています。