株式会社吉又商店紹介〜時代の移り変わりと共に〜

海産物問屋として

当店は、明治の頃、海運業の時代より青果物問屋として仲卸業を営んでおりました。海運→陸運の時代へと進む中で、海産物に移行したのは昭和27年頃と思われます。この辺り一帯に採れる柔らかくて美味しいわかめを「下津井わかめ」と称して売りだしたことに始まります。わかめの他、春先に採れる「もずく」真夏に天日干しする「がらも」(天草の一種)も瀬戸内海産として主にもずくは京阪神へ、がらもは長野県茅野市へ出荷していました。

ところが

昭40年頃より、水島工業地帯の発展と共に、我が家から見える瀬戸の海に砂利採集船が目立ち始めたころ、漁獲量も年々減り始めました。その頃から公害問題、瀬戸大橋の補償問題も出始め、補償金を受け取り、海の仕事を諦めて会社勤めをする若者が増えてきました。当然のことながら、漁業は衰退の一途をたどりました。海草にいったっても取れ高は少ない上、オイルショックで重油代は高騰し、生産者は激減しました。昭和49年父朝明和吉が亡くなり、母も勤めを始めました。それでも細々とわかめ仲買は続けておりましたが、とどめを刺す事件がおこりました。昭和47年の三菱石油流出事故です。瀬戸内海がオイル色に変わりました。風評被害でわかめは全く売れず、日本人の食生活の欧米化の波にもまれて。商売はあがったり…吉又商店もやむなく廃業においこまれました。

時を経て

時代の流れとともに、下津井地区も少子高齢化が加速し、町は、だんだんと活気が薄れていきました。しかし、昔ながらの人情・美しい自然・美味しい海の幸は、地域の方々の努力で薄れることなく受け継がれています。
 

約20年前、私の伯父山本慶一の提案で、下津井の歩くリゾート基地として「むかし下津井廻船問屋」がオープンしました。ここには、伯父の収集物と共に我が家のお宝も展示されています。今も四季を通じて多くの観光客が訪れます。母は、勤めを辞めた頃より、この方々を相手に細々とわかめを売り続けました。

私、余傳吉恵も一昨年、下津井の活性化を願って、
吉又商店を復活させる決心をいたしました。

そして今

       2014年3月4日 吉又商店から株式会社吉又商店として新たな出発をいたしました。

 

【基本理念】海の恵みに感謝し、地域とともに夢や豊かさを広げます。

 

一、安心、安全な食を通して、地域社会に貢献します
一、美しい瀬戸の自然を守り、かけがえのない地域の歴史・文化を伝承します
一、よい品を より安く よりよいサービスで提供できるよう努めます

 

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この三つを三本柱として、他地区から来られた方がホッとできる、ふるさとを感じられるお店にしていきたいと思っています。


 

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